HOME

  コンセプト

  セラピストご紹介

  セラピーのご案内
   個人セッション
   スピリチュアル
      リーディング/
     カウンセリング


  催眠療法のご紹介

  スピリチュアル
  リーディングのご紹介


  セッションの実例

  料金/お申し込み

  よくあるご質問

  アクセス

  体験談

  リンク集

  ご留意点/
  お問い合わせ




  ミニコラム
   あるがままに


  シャンティのブログ



  学びのご案内

  癒しをサポートをする
   ヒプノセラピスト
     養成講座


  本来の自分に返り
  望む人生を手に入れる
   セルフセラピー
     のための講座


  講座修了生のお店




セラピストプロフィール


    高橋 記子(のりこ)1967年、札幌生まれ。うお座のO型。催眠療法士、スピリチュアルセラピスト
    好きなこと     気持ちの良い音楽を聴き、星を眺め、美しい風景を見て、美味しい物を食べること
    好きなスポーツ  空手(北海道フルコンタクトカラテ協議会初代起道会館)、ダンス
    経歴        札幌学院大学人文学部英語英米文学科卒業、転職多数
               現在、愛する思春期の一人息子の母とスピリチュアルセラピスト
               母、息子、肉眼では見えないが写真には写る父、の4人暮らし

    --加盟団体--
    NPO法人日本ホリスティック医学協会・専門会員
    日本超心理学会・会員

    私の経歴
    私のこれまでの人生をホームページに掲載するとは、とてもおこがましいことに感じますが、
    セラピーは信頼関係が大切ですので、私の経歴を知って頂くと、クライアントさんの
    私のカウンセリングやセラピーへの抵抗が少なくなると思いますし、それがより良いセラピーに
    繋がると思いましたので、掲載させていただくことにいたしました。

    
    私の父は、とても信仰心のある人間でした。
    幽体離脱体験、死を宣告された病からの復活体験、
    父の父(私からみると祖父)が霊能者であったこと等が影響していた
    ようです。そのような父を見て育ったせいか、私も「この世界には目には
    見えない大きな力がある。本当のことが知りたい。」と思っておりました。
    幼少期の頃は、とても引っ込み思案でした。
    「自分が閉じている感覚」「自分を見ているもう一人の自分という感覚」
    「自分は周りから見えていないという感覚」があり、それらは、
    「集団暴行の末、殺害された前世」や胎児期に作られたトラウマの
    影響と思われます。

    小、中学生の頃は、勉強は、全く出来ませんでした。いつも目の前に
    モヤがかかった感じではっきりせず、「自分という感覚」
    がありませんでした。ですから、勉強に限らず、記憶、思考、
    理解は困難でした。幼少期、小、中学生の頃の記憶もほとんどありません。
    過干渉と溺愛という環境で、私に関しては、母が決定権を持っており、
    感情を感じること、自分を表現すること、意思の下に行動すること、
    がなかったので、自分との繋がりが薄れてしまっていたようです。
    また、自己信頼感や自己肯定感がなく、劣等感が強く、クラスメイトや
    教師からどう見られているのか、気になって仕方がありませんでした。

    17歳の時、突然、胃の右下部が重く激しく痛み始め、
    背中にも痛みは広がり、一晩中痛み続ける体験をいたしました。
    検査をしても異常は無く、しかし、突然起こるその激しい痛みは、
    その後、20年程の間、度々起こるようになり、病院を変えてみても、
    原因は判らないままでした。

    大学に入り、ホスピスの本に出会い「人間の尊厳」というテーマに
    興味を持ちました。とても惹かれる言葉であったのですが、実際、
    尊厳ということについて全く無知でした。
    大学卒業後、酷く劣等感の強い人間と、軟禁状態の同棲をすることとなり、
    ドメスティックバイオレンスを体験いたしました。私は、相手が怖くて
    言いなりになり、更には「私が崩壊することで相手を責めよう」と
    自暴自棄になり、最終的に多額の借金も作りました。
    その借金の返済に、約5年もかかりました。相手は、様々な事や人に対して
    異常な程のコンプレックスを持っており、苦難を乗り越える根性や信念がなく、
    辛い事からは逃げる人間でした。育った環境の影響がとても強かったのです。
    そして、その相手から逃げることが出来なかった私も、とても自尊心が低かったのです。
    この時が、私にとって「一度目の自分を知るチャンス」だったのですが、気付きませんでした。

    一年経って、普通の生活に戻れた私は、暫くして結婚いたしました。
    私の実家で、私の両親と同居をすることになったのですが、私を溺愛していた母は、
    私の結婚に恐怖と不満を持ち、結婚後の私の生活と夫に不満を言い続けました。
    死ぬほど苦しく、毎日が地獄でした。当然ですが、母の行為から愛を感じたことは、
    ありませんでした。しかし、母は「可愛い娘を思うあまり」と言いました。
    (溺愛というのは依存です。相手が居ないと自分は存在出来ない状態ですから、
    裏返すと、相手は自分の為に居ることになり、その心理が、「自分の満足の為に
    相手をコントロールする」行動を生み出します。ですが、溺愛は「子供の為」という仮面を
    つけている為、溺愛している側もされている側も周囲も、その有害さに気付きません)
    常に私の心には、重く陰気なものがあり、息苦しく、憂鬱で、何をしても、
    何処へ行っても、心から楽しめませんでした。

    マイホームを建てた直後、父が亡くなり、息子、夫、母、私の4人で暮らすこととなり、
    この頃、偶然にも、今の師である、札幌在住のシャクティ・ヒーリングのヒーラーである
    泉 健司先生と出会う機会を頂きました。先生から、大いなる宇宙の法則や、
    肉体と魂、人間性の成長、心、人間の心理、霊性、エネルギー、二極の法則、
    宇宙の大いなる意思の力など、私が知りたかった「本当のこと」について教えて頂きました。
    しかしこの頃、母の依存は暴走しており、私への皮肉、侮辱、罵声、夫の悪口、
    夫への侮辱、時には、私や夫に暴力を振るっており、私は、現実から逃げたい一心でした。
    自分に目が向いていなかった為、折角教えて頂いたことも生活に生かすことが出来ず、
    自分を知るきっかけにも出来ませんでした。
    この時が、「2度目の自分を知るチャンス」でした。
    私は、家族全員の精神の限界を感じ、結婚生活10年で離婚を決意いたしました。



次のページへ→



Copyright(c)2004-2008 SHANTY All rights reserved.